■2019/05/22【日記】#19.コインランドリー/選択する機械

店内は静かだった。
目の前で回る洗濯乾燥機を目の端で感じながら僕は小説を読んでいた。この時間のコインランドリーは静かで、店内の明かりは妙に青白く感じた。深夜のラジオは忌野清志郎とボブ・ディランについてひっそりと語り、僕の衣服がカラカラと乾いた音を立てるほかは、車が店の前の国道を猛然と通り過ぎるエンジン音が時どき聞こえてくる以外には何も音がない。

森での生活は週に1度ポリタンクに20リットルの水を汲んできて、それを一週間でぴったり使い切る、というサイクルが出来上がっていた。

一週間に20リットルの用途は、炊事、食器洗い、手洗い、植物への水やり、が主なものだ。
風呂は近くの銭湯へ行っている。そして、洗濯は溜まったらコインランドリーへ行くことにしている。

なにしろ水源がなく、排水の設備もままならないので、大量に水を消費する風呂と洗濯は外部のサービス頼った方が合理的だからだ。

音もなく自動ドアが開いた。
ちら、と顔を上げずに様子を伺うとそこには少女がひとり立っていた。

ーーこんな時間に?

顔を上げて少女の方に視線を向けると、彼女も僕の方を見つめている。

緑がかったグレーと言ったらいいのか、複雑な目の色をした、どこか異国風の顔立ちの不思議な雰囲気の少女だった。例えて言うならば、レ・ミゼラブルのコゼットが物語の中から抜け出してきたみたいだった。

「どうしたの?」僕は声をかける。

おうち、かえる

「迷子?どこからきたの?」

すると少女は出入り口からいちばん離れた辺りの洗濯乾燥機を指さして、おうち、かえる。と繰り返すのだった。

少女は僕に向き直ってひとくちクリームパン(仮にそんな商品があればだが)のような左手を僕に差し出した。握りしめたその手を開くとそこにはどこの国のものか分からないコインが1枚乗っていた。

あげる。

僕はそのコインに手を伸ばす。
コインに触れたその瞬間、あれれ…と思う間もなく僕は身動きが取れなくなった。

少女と同じ目の高さになるように腰をかがめたまま、右手を前に突き出して人差し指と親指とでコインを摘んだ姿勢のまま、どうやら僕は金縛りにあってしまったらしい。

少女はまっすぐ僕の目の奥を見つめた。
「左から二列目、下の段」
そう言い残して彼女はすたすたと左から2列目の下の段の8kg用の洗濯乾燥機へ向かい、ドアを開け、例の不思議なコインを入れ、そして、そして中に入ってゆく…!

僕は止めなければ!と思うのだけれど、どうにも体が動かないし、声も出せない。
じわっ…と急激に汗がにじみ出てくるのを感じる。鼓動が速くなる。汗が玉になって額から垂れ、鼻の先まで流れ、そして床に落ちる。

ぱたん

少女は表情を変えないまま、ドアを閉めてしまったのだった。

その瞬間、急に僕の体は動くようになってバランスを崩す。金縛りがとけたのだ。
どうやら少女のかけた催眠の効果だったらしい。慌てて僕は左から二番目の下の段の洗濯乾燥機の前へ駆け寄る。
機械はすでに回転を始めている。

空だった。

空っぽのドラムが音もなく回り続けている。僕は唖然として、もう一度金縛りにかかったみたいに動けなくなった。

「25年分のローン返済が残ったまま火事で焼けていくマイホームを眺める家主」を描写したい漫画家がいたら、その時の僕の表情を参考にしたら良いと思うのだが、写真が残っていないのが残念だ。

8分のあいだ回りつづけ、ご丁寧に機械はCDの表示をしながら冷却のための2分間回転する。

ぴっぴー、ぴっぴー…とブザーがなって、機械は止まる。

僕はドアを開け、中を調べる。

やっぱり少女はいない。
ドラムを手で回して確かめたけど、出てこない。

何だったのだろう。
夢だったのだろうか、と自分を疑い始めたとき、自分が片手にコインを握りしめているのに気がついた。

やっぱり夢ではない。
少女は確かに存在し、僕にコインを手渡して「帰って」いったのだ。

僕は立ち上がり、深呼吸をする。

ーー帰った?
ーーどこへ?
ーー洗濯乾燥機の中へ。

僕はゴクリと音がなるくらいの感じで唾を飲み込み、左から二番目の下の段の洗濯乾燥機の前に再びしゃがみこむ。

ドアを開ける。
そして、コインを入れる。
画面には08の表示が現れる。

そして、そっと頭を入れてみる。
まだ、ほの暖かい。
擦れた金属の匂いがする。

肩まで入る。

そこで僕は気づく。
この洗濯乾燥機は僕が入るには狭すぎる。
なにしろ一番小さい8kg用の機械だ。

せっまいなぁ…入れないよ、なんて考えていると、びろろろろ…と間の抜けた音がなり自動ドアが開く。

でっかいカゴを抱えたおばちゃんが乾燥機を使いに店内に入ってきたのだった。

乾燥機に頭を突っ込んだ姿勢の僕は、間が悪くなって、「入念に忘れ物がないかを確かめていた人」を装ってゆっくり頭を出す。

さて、と…なんて小さく呟いたりなんかしてから、そそくさと荷物をまとめて店を出た。

ーー何だったんだろう。
ーーあの少女はどこへ行ったのか。

少女が指定したのが一番小さい8kg用の機械でなくて、もっと大きなもの例えば25kgかあるいはせめて18kg用の機械だったら…もしかしたら僕は何かの拍子に体全体を入れてしまっていたかもしれない。

そして物語の扉は開かれていたかもしれない…チョッキを着た白ウサギと出くわしたりなんかしている世界もあり得たかも知れない。

コインランドリーーー選択する機械
たぶん選択というのは常にこんな風になされるものだ。

…と、いうような具合に

妄想を膨らませるのが正しいコインランドリーでの時間の潰し方である。決してビッグコミックを読んだりなんかして使ってはいけない。

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2019/05/22

こんなくだらない文章を書きたい夜もある

junota