■2019/05/08【日記】#17.農地転用を自力でやる方法

住み込み農家の部屋に転がり込んだ翌日、僕は市の農業委員会を訪れていた。
kさん(土地の所有者の方もKさんなので農業委員会のkさんは小文字にしておきます笑)という方が担当のようで相談しに行った。アボ無しで突然の訪ねたのに、とても丁寧に何でも教えてくれた。

お役所の方はもっと事務的な事しか教えてくれないものなのかと思っていたけれど、すごくすごく親身になって答えてくれる。「森を開拓して小屋を作ってそこに住みたいんです」なんていうイレギュラーな相談にも一緒になって考えてくれてとても助かった。

まず、農地転用許可について、もう一度まとめておきたいと思います。

①農地は農地を持っている(借りている)人しか買えない(借りられない)
②農地を譲り受けたい時には「農地転用許可」というものを受け、地目を変えないといけない。
③農地転用許可は農業委員会が出す。

そしてその申請に必要なのは以下の書類である。

①申請用紙(計画の変更と計画の申請)
②配置図
③平面図
④案内図
⑤位置図
⑥公図の写
⑦登記簿謄本
⑧隣接地事業説明確認表
⑨資金計画証明書
全て2部ずつ用意する。

※提出する市区町村によって様式が違うかもしれませんので、あくまで参考程度にしてください。

市区町村の農業委員会に行って、「農地転用したいんだけど」と言えば用紙をもらえます。それに何を提出する必要があるのかが記載されているので、それを見ながら準備を進めてください。ここで、知っておくと良いことは、「全てが必要とは限らない」ということです。農業委員会の担当の人にどれが必要で、どれが必要ないのかを聞ききましょう。申請書には提出書類として書いてあるけど、場合によっては提出不要なものもあるようです。僕の場合は位置選定理由書や面積過大理由書、工事工程表、その他いろいろの書類がはいらないと言われました。

申請用紙(計画の変更と新規の申請)
今回の農地転用については、僕に譲って下さった所有者Kさんも農地転用をして許可を受けることを経て、手に入れた土地でありました。Kさんも何かしらの計画を役所の方に提出していた訳ですな。その計画がチェックされ、問題はないというふうに認められて、晴れてその土地を手に入れることが出来た訳です。

今回の土地は、許可をもらっていて、事業に着手するタイミングで地目を変更よていだったが、工事に着手しなかったので、地目が農地のままになっている、ということですね。←本当にややこしいですな笑

今回、僕に譲るということで当然その計画も無かったことになる。ということで、まずは、計画をキャンセルする申請をしなくてはなりません。それが【計画変更の申請】です。

詳しく見ていきます。
■当初計画者ーー僕に譲ってくださるKさんの住所、署名、捺印
■継承者ーー僕の住所、署名、捺印

そのすぐ下にこんなことが書いてあります。【】の中は空欄になっていて申請者が書き込む形式です。農業委員会の方にどう書けばいいか聞けばだいたい教えてもらえました。

【〇〇】年【○】月【○】日長野県指令【○】小上地農第【5】号【の278】で【住宅】用地として、農地法第5条の規定による許可を受けた【地番を書き込む】の【 】筆の農地【土地の面積】㎡にかかる甲の事業計画を下記により乙の事業計画変更したいので承諾されたく申請します。
よくわからないので、農業委員会の方の指示に従って、言われるがまま書き込みましょう(←これが基本スタンス笑)。

次に
計画変更を必要とする事由の詳細
ここに、どうして当初の計画を変更するのか、理由を書く。僕のこんな風に書きました。
ーー当初、当敷地において住宅の建設を計画していたが、別の土地に住宅を建設することになった。遠方のため当敷地での事業の着手が困難であるため計画変更を必要とする。

必要があれば当初の計画者の方に聞いてもいいでしょう。

計画の概要を次に書きます。これは、農業委員会の方が知っているかも知れないので聞くか、もしわからなければ当初の計画者に聞きましょう。僕の場合は農業委員会の方が調べてくれました。前の資料が残っていたそうです。
・建築物名称ーー住宅
・棟数ーー1棟
・建築面積ーー120㎡
・所要面積ーー455㎡
・資金計画ーー全て自己資金による。
・取水排水計画等ーー公共水道を利用
と書きました。

乙の事業計画
ここは、当初計画をやめて僕がどんな使い方をしようとしているのか、を書きます。僕が譲り受ける土地はだいたい半分が山林、もう半分が畑です。畑部分を転用する理屈を考えます。僕はこんな風に書きました。

(1)事業目的、当該土地を選定した理由経緯
ーー譲受人は木工品の制作と販売を業とすることを志しており、そのための用地を探していた際、譲渡人と知り合い、譲り受けることとなった。【土地の番地①(地目:山林)】に住宅の建設を予定しているが、具体的には未定のため、空き地として残したまま、【土地の番地②(地目:畑)】に先に工房を建設したい。工房建設後の残地は駐車スペース、廃棄物置場、家庭菜園として使用する。

(2)建設計画
第1期(許可日から31年12月)
建築物名称:工房
棟数:1
建築面積:20
所要面積:455

(3)資金計画
土地取得費:80000円
建設費:500000円
自己資金:580000円

(4)取水排水計画
取水は公共水道を使用。排水は雑排槽わ設け、敷地内で処理する。し尿等はバイオトイレを用い、堆肥化する。

(5)計画変更によって生ずる周辺農業の被害防除に関する施設の概要

当敷地は下水管の未設エリアであるため、排水に配慮する必要がある。し尿等はバイオトイレを用いて堆肥化するか、汲み取り式により処理する。その他の生活雑排水は雑排槽を設けることで敷地内で適切に処理することとする。また、家庭菜園では除草、害虫駆除に努める。その他あらゆる事柄について周辺への影響が出ないように最大限努める。

次に新規の事業申請書です。
だいたい書く内容は変更の書類に書いたものと同じです。

(1)申請者の住所等
(2)許可を受けようとする土地の所在地
(3)転用計画
ーー転用の目的:工房建設後、家庭菜園、駐車スペース、廃棄場として
ーー権利を設定し、又は移転しようとする理由の詳細:
【譲受人】譲受人は木工品の制作と販売を業とすることを志しており、そのための用地を探していた際、譲渡人と知り合い、譲り受けることとなった。【土地の番地①(地目:山林)】に住宅の建設を予定しているが、具体的には未定のため、空き地として残したまま、【土地の番地②(地目:畑)】に先に工房を建設したい。工房建設後の残地は駐車スペース、廃棄物置場、家庭菜園として使用する。
【譲渡人】譲受人の求めに応じるため。

ーー事業の操業期間又は施設の利用期間:
許可日から永久年間

ーー転用の時期及び転用の目的に係る事業又は施設の概要:
工事計画:許可日〜31年12月31日まで
建築物名称:木造平屋建
棟数:1
建築面積:20平米
所要面積455平米

(4)権利を設定・移転しようとする契約の内容:
所有権、移転、許可あり次第、永年、売買

(5)資金計画:
土地取得費:80000
建設費:500000
自己資金:580000

(6)転用することによって生ずる付近の土地・作物・家畜等の被害防除施設の概要
ーー
当敷地は下水管の未設エリアであるため、排水に配慮する必要がある。し尿等はバイオトイレを用いて堆肥化するか、汲み取り式により処理する。その他の生活雑排水は雑排槽を設けることで敷地内で適切に処理することとする。また、家庭菜園では除草、害虫駆除に努める。その他あらゆる事柄について周辺への影響が出ないように最大限努める。

(7)その他参考となるべき事項
ーーなし

配置図
農地転用許可を申請する土地の全体図を用意して、その敷地をどんな風に使う予定なのかを図にして示します。配置図の書き方は、地図を描くのと全く同じと考えて良いでしょう。建物が建つならその位置を示し、駐車スペースがあるなら車を書き込んで、家庭菜園を作るならその場所を書き込みます。僕はCADで描きましたが、手描きでも問題ないと思います。公図の写しをコピーして書き込んでいけば作成できます。縮尺に注意しましょう。配置図の書き方はコチラ。

描き始める前に、建設課と水道課へ行って、「こんな事したいんです」と相談すると良いでしょう。注意すべきポイントを教えてくれます。僕の場合は「下水の本管がない!」ということがわかりました。排水の問題をどう解決したのかはコチラ

平面図
敷地内に建設する建物の平面図を用意します。平面図というのは、建物を地面と水平な面でカットしてやって真上から見た図と言えば良いでしょうか。簡単に言えば「間取図」のようなものです。不動産屋で物件を探すときに見るアレですね。簡単な図面で問題ないとのことでした。土地の使い方をイメージしながら、書いてみましょう。平面図の書き方はコチラ。

案内図
地図を印刷して申請地まての案内図を作りましょう。ゼンリンの地図を使ってもいいし、Googleマップを使ってもいいです。申請地を丸で囲んで「申請地」と示しておきます。駅や消防署、公民館など、目印となる建物も書いておくと良いでしょう。これを見れば申請地にたどり着けるような案内図を用意しましょう。人に道順を教えるつもりで。

位置図
案内図よりも広域の地図を用意しましょう。僕の時は市の農業委員会の人が用意してくれていたので、申請地に赤ペンで丸をつけ、「申請地」と書き込んだだけで終わりました。

公図の写
公図は税務署に行くともらえます。申請したい土地の地番をしっかりメモしておきましょう。「公図がほしいです。場所は○○○○です」と言えばもらえます。発行に数百円かかりました。

登記簿謄本
これも税務署でもらえます。
同じく数百円かかりました。

隣接地事業説明確認表
これは、周辺の農地を持っている人に「こんな使い方をしますよー。農地を転用しますよー。いいですかー?」という説明をちゃんとしましたよ、と証明する書類です。何月何日、誰が誰に説明したかを書きます。「説明を受けた人」の所にサインをもらって回りましょう。ちなみに「隣接地」というのは何かというと、「申請地と接している土地」です。道を挟んでいたり、他の土地が間に入っていたら確認をとる必要はありません。が、僕はこの書類を用意するために近所の土地を持っている方に連絡をとってみたら、プレハブ小屋を貸してもらえました。ご近所の方とちゃんと関係を作っておくと良いでしょう。僕の場合は快諾して頂けましたが、使い方によっては駄目と言われるかもしれません。
そうなったら案を練り直す必要がありますね。粘り強く交渉しましょう。くれぐれも険悪な仲になることだけは避けましょう笑

周辺の土地の所有者を調べる方法についてはこちら。

資金計画証明書
申請書に資金計画を書く欄があります。
自分の場合は
土地取得費8万円、建設費50万円、すべて自己資金による、と書きました。
ですので、58万円以上の預金額が記載された銀行の通帳をコピーしました。融資を受ける場合は、融資証明書のコピーも必要になると思います。

以上が僕が農地転用許可申請のために揃えた書類です。それらを二部ずつ用意して、毎月の受付期間内に農業委員会に提出する。あとは待つだけ。

たぶん一番めんどくさいのは「隣接地事業説明」だと思います。僕の場合はたまたま優しい人たちだったのですんなりと揃えることができましたが、これはもう、運次第ですね。うまいプレゼンの仕方を考えましょう。

まずは農業委員会に行って相談ですね。
今後の記事でもう少し詳しくどんな問題があったのか、どんな対処をしたのか、を詳しく書いていきたいと思います。(めっちゃめんどくさいので書きたくないけど笑)

毎月5から15日の間に提出なので、締め切りを守りましょう!

なかなか小屋づくりを始められないことにもどかしさを感じながら

2019/05/08junota

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■2019/04/20【日記】#16. 森に着いてーーのうちてんよう?

さて、「いつになったら森の話を始めるんだ?」という無言のプレッシャーを感じております太田です。ということで、これからは森についてからの話をしようと思います。

軽トラぬかるみ事件の後、到着予定時刻より2時間位おくれて、森にたどり着いた。

今日はここで寝よう。と思ったらトラ箱の中は物でいっぱい。この数日は寝るときにいちいち荷物を運転席に移したり、車体の下に置いたりなんかして寝るスペースを作っていた。

さて、寝床を作るか、と車を停めて外に出る。
辺りは漆黒の闇・・・そしてめちゃくちゃ静か・・・控えめに言ってむちゃくちゃ怖い。

そしてどこからともなく「ほうほう」とフクロウらしき鳥の鳴き声なんかが聞こえてくる。

標高1000メートル。調べると周辺では熊の目撃情報もある。星野道夫は大好きだけど、熊に襲われるのだけは避けたい。

と言って、その前の週には森にテントを張って寝ていたのだから、なにを今更、という感じなのだけれど、怖いものは怖いのである。僕は近くの道の駅に向かっていつもどおり眠りにつく。なんだろうこの道の駅の安心感は笑

そして翌朝、車にパンパンに積まれていた荷物を森の倉庫に下ろし、住み込ませてもらうことになった農家に電話をした。

簡単な挨拶をして、僕が住むことになる部屋の鍵を貰った。濡れてはいけないものを部屋に運び込み、昼寝をする。何ていうか久々に眠った気がした笑

目が覚めると夕方だった。
ピンポーンとチャイムが鳴って目覚めたのだった。僕宛の封筒だった。中を見ると、森の所有者のKさんからの土地売買の契約書だった。
署名捺印する。とうとう自分の場所を手に入れられるんだなぁ、ここで僕は頑張ろう、と改めて決意を固めていると電話がなった。
出ると、所有権移転登記を依頼していた司法書士さんからだった。はじめは自分でやるつもりだったのだけれも間に入ってくれていた不動産の方に勧められたので頼むことにしたのだった。

「司法書士の○○ですー。よろしくお願いします。今回の土地は農地ということで、所有権移転登記は農地転用が終わり次第ということになりますねー。

??

「農地転用の申請は誰かに頼まれるのですか?
私の方では遠方のため対応できないのですが、、、」

???

はぁ、そうですか、と適当な返事をしてから慌ててググると、
「農地は農地を持ってる人しか買えない!」という衝撃の事実が判明したのだった。

え?そんなの常識なの?
僕はぜんぜん知らなかった笑

農業委員会に電話をしてみると、確かにそのようで、農地を買うには3000平方メートル以上の農地を所有しているか、借りているかしていないといけないという。そして、借りるためにも3000平方メートル以上の農地を持ってないとだめらしい、、、「そんなん全く新しく農業始めようとする人はどうしたらいいのさ!」と言いたくなるが、そういうものらしい。

理屈としては農業のスキルのない人間に農地を渡すと何されるか分かんないから、ちゃんと農業できる人に所有させることで日本の農業、農地を守っているということらしい、、、なんて高度な「一見さんお断りシステム」だことだろう!笑

とはいえ、ルールはルール。
従うしかない。
で、農地を持っていない人間がその土地を手にする方法はあるのか?

答えはイエス。

農地法の第5条か何からしいのだけど、農地を他の用途に使いますよー。いいですかー?という申請を県の農業委員会にして、そこの会議で許可が下りれば、「農地を他の用途で使うという前提」で農地を手に入れることができるらしい。

僕の理解ではそんな感じ笑
厳密なことはよくわからないけれど、たぶんそんな程度の理解でふつうは十分なはず、、、。

なんだかよくわかんないけど、「農地転用許可」を受けることが僕が次にしなきゃならないことらしい。

イバラを切り開いたり、木を切り倒したり、猛獣と闘ったり、という森生活はなかなか始められない、、、笑

ここから、僕の辛い辛いお役所通いが始まるのでした、、、。

2019/04/20
junota

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■2019/04/14【日記】#15.「放問亭(ほっといてい)」でお引越し。でも、ほっとかないでっ!

3月の白樺高原はまだまだ寒かった。
午後8時、あたりは真っ暗でいくつもの星が頭上で瞬いている。夜空を見上げながら、僕はハァ、、、と溜め息をついて、山のくねくね道の路肩で独り立ち尽くしていた。

「もうちょっとだったのになぁ・・・。」

沼津市役所で転出の届けを終えた僕は長野の森へ向かって車を走らせた。

第2便のはまさしく満杯状態だった。放問亭(ほっといてい)の中は本の入ったダンボールの山、デスクトップのパソコン、布団、毛布、寝袋、大工道具、衣類やらなにやらがギッシリ。沼津を出たときには開けておいたはずの助手席にも、何故かアコーディオンやらどんぐりの木の苗やらがのっている…。

さて、僕は沼津から北上して山梨に入り、途中幾度か休憩しながら長野へ向かう。第一便の時と同じルートを通るのはつまらない、なんてことを思って今回は白樺高原を抜けていく道を選んだのだけれど、これが間違いだった。坂が急なのである。トラ箱だけでも重たいのに、今はその中にギッチリ荷物である。風光明媚な風景の中、僕は後続車に煽られ煽られ北上する

この山を超えれば長野に入る。そしたらもう30分も走れば到着だ、なんて思いながら走っていると日が暮れてきた。道路脇にはまだ雪が残っている。急なカーブには塩カルがまかれ、凍結注意、スリップ注意の看板が立つ。
「まだここは冬なんだなぁ」と思いつつ、慎重に車を走らせる。

そして、また煽られる。
こちとらアクセルベタ踏みなんだけども、、、

と思いながら、トロトロ走っているのも事実なので、ここは路肩に入って先に行かせよう!とハザードを点けてカーブの先の路肩に車を停める。後方の車は猛スピードで僕の横を通り過ぎてゆき、僕は再びトロトロと長野へ向かう・・・

と、なるはずだったのだけど、実際はこんな感じ。
「先に行かせよう」
「ガサガサガサッーーーガガガ、、、、」
(びゅーん)←後続車の通り過ぎる音
「・・・」
(きゅるきゅるきゅる、、、)←タイヤの空転する音
「・・・やってしまった。」

そう、その路肩は雪どけ水でぬかるんでいたのだった。そこに、まんまとはまりこんでしまった放問亭(ほっといてい)は前にも後ろにも身動きがとれなくなってしまったのでした。

幾台かの車が僕の横を通りすぎる・・・。
この時ばかりは「ほっとかないで!」と思ったのだの行いが悪いからか、ほうっておかれ続ける笑

もう自力じゃどうにもならないから、と携帯を取り出しレッカーを呼ぶ。

「・・・圏外じゃん!」

と車外に出て、ため息をつく。
こんなときの空は不思議といつも綺麗なものだ。

「はてさて、どうしたものか」なんて考えていると一台の車が停まり、「大丈夫ですかっ!?」と声がかかる。

僕がまだ何も答えないうちに「電話通じないでしょ、通じるとこまで送ってやるから乗んな!」とその親切なオジサンはドアを開けてくれた。

2キロほど下って電波が入るところで保険会社に電話して、レッカーを呼んだ。場所の説明やらなにやらはそのオジサンがしてくれた。

「○○○○という業者から電話かありますので、直接そこで場所を説明してください。」
と言われ、待っていたのだけれど、いくら待っても○○○○から電話は掛かって来ない。といっても5分くらいだけど。

どうも保険会社と業者のやり取りがうまくないらしい。

「こんちくしょう。おれは早く帰ってビール飲まなきゃなんねぇのによ。」とオジサンは携帯を取り出し。電話し始める。

「おい、アキ!おめぇ、今日仕事でてんのか?ぬかるみにはまって動けなくなったガキを拾ったんだけど、すぐ来れねぇのか!なに?当番じゃない?ばか野郎なんで当番じゃないんだ!てめぇか来いよ!ポチ、ツーツーツー・・・」

聞くと、○○○○は幼馴染みの勤める会社らしい。そうこうするうちに○○○○からちゃんと電話がかかってくる。

オジサンが場所の説明を再びする。途中で「あれ、もしかしてサトウさんですか?元自衛官の?」なんてことを言っている。「その節はお世話になりましたぁ、いやぁ久しぶりですね。」

どうもその○○○○のサトウさんともこのオジサンは知り合いらしい。

「おれは、政治家の秘書やってたから無駄に顔が広いんだ。」

僕を現場に送り届け、オジサンは山を下っていった。

オジサンがくれたチョコレートを頬張りながら僕は夜空を見上げる。

しばらく待つと先程の「アキ」さんが来てくれて、泥沼から引っ張り出してくれた。
「地元の力ってこういうことをいうのかもなぁ、、、」としみじみとしながら僕は「慎重に」山を降りていく。

途中、2頭の鹿が道路の真ん中をのんびりと歩いていた。

今になって思えば、これはジモトの力がどうとかいう話ではなく、あのオジサンが少しばかり「特殊」だっただけかもしれない。

とはいえ、とてもとても助かった。
おかげで無事に森に着くことができました。

2019/04/14

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■2019/04/12【日記】#14.森へ持っていったもの:三種の神器

この間、物を捨てた話を書いたけれど、今度は新しく手に入れたものを書いていこうかと思う。

まず1つ目は大容量バッテリー
森で生活するにしても、多少の電気は欲しいものである。単に生活するだけならなくてもどうにかなるかもしれないが僕は情報を発信しなきゃならない。そのためにはスマホを充電する必要があるし、パソコンもあると便利だ。電気を引くほどは必要ないけど、毎日少しだけ欲しい。そこで買ったのがキャンプや非常用の大容量バッテリーだ。充電に5時間ほどかかるけど、一回満タンにしてしまえば当分は電気に困らない。まだ試してないけどソーラーパネルに繋げば電力の自給も可能かもしれない。これがあればデスクトップパソコンも動く(急激に電気を消費するけど笑)し、ホットカーペットも使えるから強い味方である。ここ最近のこのような大容量バッテリーの進歩は目覚ましいものがあるように思う。13000円程で手に入った。

2つ目はアクションカメラ
森に住むというのに、電気製品ばかりで不思議な気もする。これは森の生活を発信していくための道具として買った。これで僕はスマホ、ビデオカメラ、アクションカメラと3つのカメラを手に入れたことになる。どんどん動画を作っていきたいけれど、まだ取り組めずにいる。ゴープロでないのでこれも13000円ほど。

3つ目はノミである。
狐の銘の叩きのみ、寸ニと寸四である。
これは僕の決意の品物

「会社はやめるけど、大工はやめない。」

中途半端だとか、素人だとか、多分これから言われ続けるだろうけど、僕はこの2本のノミを武器にで闘っていきたいと思う。

2019/04/12

桜を見てきた。

やっと春が来たようだ。

junota

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■2019/04/10【日記】#13.ミニマリストはむつかしい〜住み込み農家で住所不定を回避した話

2月の末、無事(?)に退職届を提出した僕は、3月末の退職に向けて着々と準備を進めていたのだけれど、ある懸念事項があった。

それは、まだ正式にGOサインが出ていない、ということだった。

森に住みたいという話をして、面白いですね。応援しますと言われた。まだそういう段階。
所有者の方とは話もしてない。どんな反応なのかもHさんから伝え聞いただけだった。

そんな段階であるにも関わらず、「とりあえず」会社を辞めるということだけは決まってしまった。

考えていても仕方がないので、「とりあえず今できることを」と引っ越しの準備をすることにしたのだった。

ということで、部屋にあふれるもの達をみんな捨ててしまって、ミニマリストになってやろうという意気込みのもと、整理を始めた・・・のだが、なかなかうまく行かない。

大量にあった建築関係の本はメルカリに出品して、それなりに売れていった。なまじ売れてしまったばっかりに、買い手のつかない本も、値段を下げるなり、組み合わせ方の工夫によってはそれなりのお金に変わるのだと思うと惜しくなって捨てられなかった。生活が落ち着いたら出品しようなんてことを思って、とりあえずダンボールに詰め込んだのだった。他にもそれまで全然使わずに放っておかれていたような物たちもいざ捨てるとなると、森へ行ったら役立つかもしれない、なんていう気持ちになって「とりあえず」ダンボールに詰込むことになるのだった。

思えば、ロビンソン・クルーソーも船から色んなものを運び出したではないか、だから、僕が色んなものを森へ持っていくのは正しい!と理屈をこねたが、要するに優柔不断なのである。

だけど冷蔵庫は捨てた。どうせ森に行ったら電気なんてないのである。ただの箱を長野までわざわざ運ぶのもバカバカしいので4000円ほどかかったけれど、自分でトラックに積んで回収所へ持って行った。

服も1/3くらいは捨てたのだけれど、今思うともっと捨てて良かった。3セットもあれば十分だと思う。スーツも一応持ってきたけど、着ることなんてあるんだろうか・・・。

そんな感じでものをまとめる。

片付けが一段落つくに至ってふと、僕はどこへ引っ越すんだろうかということが頭によぎる。

本当に土地を譲ってもらえるのだろうか?

10日後には部屋を出なきゃならない。
もしも土地がもらえなかったら、、、、もしかして、住所不定・・・?

有給消化に入る3日ほど前、屋根に通気層を作る「通気くん」と呼ばれていた作業中のこと、電話が鳴る。

Hさんだった。
そこでとりあえずGOサインが出たことを知る。
これで安心して森に引っ越せるなぁ、なんて思っていた。今の部屋を引き払ったら、トラックに荷物を積んで森に直行しよう。しばらくはトラ箱で寝泊まりして、住民票も森に移しちゃおう。

そしたら、ホームセンターで材料を買ってきて、小屋を作って、そこで椅子とか机とか作って、楽器とかも作って、空いてるスペースで家庭菜園をやろう。料理するのにかまどがいるなぁ、ピザ焼いたりとかもしたいな。パン作りでも学ぼうか、お風呂はどうしよう、五右衛門風呂かな、、、なんていう風にウキウキした僕は妄想をふくらませる。

けれど事態はそんな脳天気なことを考えているような状態ではなかった。その時の僕は、まだ「新たな問題」について知らなかったのだった。

電話口で登記についてとか、農地転用許可についてとか、色んな話をされたのだけれど、なんだかチンプンカンプンだった。これじゃイカンということで、慌てて調べたのだけれど、よく分からない。

調べてみて分かったのが1点。
森に住所を置けない!
ということだった。

どうも住民票の住所を置けるのは宅地だけらしい。というのが僕がちょっと調べてたどり着いた結論だった。本当はどうかは分からないけれど。

僕が譲り受けようとしていた土地は、山林と農地とが半分ずつの土地だった。宅地でないので、住所は置けない、、、。

これは困った。
今の部屋を出るのが3/20。その日を境に僕は住所不定になってしまう、、、。
そして3/31を過ぎたら僕は正真正銘の「住所不定無職」だ。なんとも悲しい響きである。

そもそも土地のやり取りをするのに住所がなければ手続きを進められないではないか。これはどうしたものか、、、と思案した挙げ句、たどり着いた答えが「住み込みの農家で働く」というものだった。

森からほど近い場所にある農家が住み込みのアルバイトを募集していた。森に移り住んでからの現金収入を得る手段として、前々から目をつけていた農家である。

さっそくネット上の応募フォームからメッセージを送ると、すぐに携帯に電話がかかってきた。週に2、3日で、と希望を伝えると。8月まで週に2、3日で続けること、5月の初めまでに近くに部屋を見つけること、というのを条件にその農家で働かせてもらえることになった。トントン拍子に話が進む。

こんな感じで住所不定無職を回避したのだった。昨日の僕は4月から住み込みで農家の手伝いをすることを知らない。タイムマシンに乗って教えてあげたらどんな反応をするだろうかと思う。

とりあえず首の皮一枚繋がったと僕はホッとしていた訳だけれど、この時の僕はまだまだ問題が山積みだという事を知る由もなかったのだった、、、(つづく)

20190410 四月の大雪の晩

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junota

■2019/04/05【日記】#12.イベントに参加してきた。~まねたいず?なにソレ~

3月の初め、雨が降りまだまだ寒かったけれど確かな春の訪れを感じながら、僕はゴトゴト電車に乗って、三浦半島の先端、三崎という所へ向かっているのだった。それはとあるイベントに参加するため、というのが表向きの目的。本当の目的は長野の森の所有者の方と僕との間に入ってやり取りをしていたHさんという人に、僕のやりたいこと、どのくらいの本気度で取り組もうとしているのか、をプレゼンすることだった。

ミカとふたり、鎌倉にあるその事務所に向かう。なんだか就職の面接みたいで久々に緊張する。

非常に感じのいいオフィスで、商店街の中にポツポツと小さな事務所を持っている会社だった。地域に根を張って育つ 植物のような会社だと思う。その場その場から栄養分を吸収して、成長して、二酸化炭素を酸素に変えて環境を作っていく。そんな会社。

まだまだ具体的な計画は立ってなかったけれど、話をしたら、やりましょうよ、と言ってくれた。アドバイスをくれて、いくつか宿題を出された。

そして、イベントに参加する。
ルーメットというトレーラーハウスを利用した宿泊プランを考えようというものだった。

みんなで案を出し合うのだけれど、そういうワークショップは久々も久々過ぎて、全然話せない。案が出ない。学生の頃はこういうのやってたと思うのだけれど、この2年間で遠いものになっていた。

やりたいこと、考えてることをクリアーに言語化できるようにならなきゃなと思う

いろんな人と出会って、話をして、こんなことやりたいと話してみた。

へぇ、面白そうですね。と言ってくれるけど、
それってお金はどうするんですか?と必ずといっていいほど聞かれる。

どうするんでしょうね笑(笑い事ではない)

そういうのをマネタイズというらしいけど、そういう事柄についてはあんまり考えていなかった。

考えないようにしていた、と言った方が正確かもしれない。

とりあえず、ブログを書いたり、YouTubeの動画作ったり、森での生活を伝えるということを続けていきたいと思う。

それ自体での収入は微々たるものだろうけど、そこから仕事に繋がっていけばいいなぁ、なんて思ってる。

まぁ当面はアルバイトです。

もしも僕に依頼してもいいなって仕事がある方、いらっしゃいましたらメッセージくださいませ。

なるべく納期に余裕のある仕事をお待ちしてます笑

20190405

junota

■2019/04/03【日記】#11.先輩に辞めると言ってみた。

 

沼津から静岡市へ出張中だった。
その日は同じく出張中の先輩3人とお好み焼き屋に行っていた。

「で、どうするつもりなの?これから」

一人の先輩に問い詰められる。

それは、単純に僕が仕事が出来なかったから。

このまま仕事を続けて中途半端なまま年数を重ね、中途半端なまま先輩になって、親方になって、先輩にも後輩にも使えないヤツ」みたいな感じで扱われることをどう思うの?そんなんでいいの?もっと頑張った方が良いんじゃないの?という意味だったろうと思う。

「3月末で会社やめます。出張から戻ったら退職届を出します」

その時点ではミカにしか話していなかったから、まだ仕事を続けようと思えば続けられる状態だった。「やっぱりもうちょっと、頑張るよ」と言えばそれで済むことだった。

この時に辞めると先輩に話すことによって、僕は会社を辞められたんだと思う。もしも辞めようと心の中で決めただけだったら、きっと退職までのどこかの段階で、やっぱりもうちょっと技術を身につけてから、、、」なんていう弱気な自分が出てきて、ダラダラと続けてしまっていたのではないかと思う。

今後の自分のやりたいことを口に出して言うことは、やっぱりとても意味のあることだと思う。

ただ、会社をやめてから森に住む、ということは言えなかった。長野に行くとは言ったけど、「設計の仕事をする」なんて、テキトーな嘘を言ってしまった。たぶんそういうのはあんまり良くない。自信を持って、森に住むと言えるようにならないといけないなと思う。その方がきっと、その道を確かに歩んでいける気がするから。

けっきょく会社を辞めるまで、これからは森に住むことにします、とは言えないままになってしまいました。この場を借りて謝りたいと思う。いつか胸を張って自分のやっていること、やろうとしていることを話せるようになるまでもう少し待っていてください。その時はまた、飲みに行きたいなぁなんて自分勝手ですが思っています。

20190402

junota

■2019/04/01【日記】#10.明るいコタツ

開幕
家電量販店にて、販売員と客
舞台中央にコタツが3つ置かれている。

客:あの、、、すみません。
販売員:どうされました?
客:ちょっと、コタツを買いたいなぁ、なんて思いまして。
販売員:左様でございますか。ありますよ、良いのが。
客:良いの?
販売員:ええ、コレなんですけどね。
客:はぁ、、まぁ確かに。いいですね。大きさも、これくらいで、うん。材質もまぁ、、、普通に、、、安っぽい感じはしないし、、、ね。おいくら?
販売員:そうでしょう、いいでしょう。(にこやかに)8万円になりま・・・
客:(食い気味に)はちまんえん!?ちょっと、ちょっと高いじゃないですか。
販売員:(にこやかに無言で大きく頷く)
客:いや、何か言ってよ。
販売員:そうですね、他のものと比べると少々値が張りますけどもね、良いものなんですよ。
客:良いったって、普通のコタツですよ?見た感じ。
販売員:そう思うでしょう?見た目はね。でも他のコタツとは全然違うんですよ。
客:何がそんなに違うんです?
販売員:このこたつ、実は「明るいコタツ」なんです。
客:・・・「明るいコタツ」?
販売員:(にこやかに無言で大きく頷く)
客:いやだからなんか言っ・・・
販売員:(食い気味に)見たいでしょう?
客:(大きく首をひねる)
販売員:見たいでしょう?こたつの中
客:・・・いや、、、、まぁ

販売員:(にこやかに無言で大きく頷く)
販売員:じゃあね、ちょっと、はい。(コタツの布団を開ける)
客:え?
販売員:(にこやかに無言で大きく頷く)
客:(おずおずと頭を突っ込む)
販売員:いいですかー?電源入れますよ。(電源を入れる)
客:・・・・おぉ?(しばらくして、布団から顔を出す。)
販売員:いかがですか?
客:明るいです。
販売員:そうでしょう、そうでしょう。
客:で、明るいとどうなんですか?
販売員:、、、と言いますと?
客:いや、だから、明るいと、どういう良いことがあるんですか?
販売員:良いことといいますか、、、明るいんです。
客:(大きく首をひねる)より暖かいってことですか?
販売員:そういうことではないんですね。明るいんです。
客:(大きく首をひねる)
販売員:不満ですか?
客:不満というか、、、なんていうか。
販売員:そうしましたら、ちょっとこちら。こっちの普通のこたつ。ね。こっちもどうぞ。はい(布団をあげながら)
客:え?
販売員:(にこやかに無言で大きく頷く)
客:(おずおずと頭を突っ込む)
販売員:はい、電源入れますよー。(電源を入れる)
客:・・・(しばらくして顔を出す)
販売員:いかがですか?
客:暗いですね。
販売員:そうでしょう。
客:なんか物足りない感じといいますか、、、。
販売員:(にこやかに無言で大きく頷く)
客:寂しい感じといいますか、、、。
販売員:(にこやかに無言で大きく頷く)
客:あの、こっちも試してみていいですか?
販売員:どうぞどうぞ。はい。
客:(頭を突っ込む)
販売員:はい。いきますー。(電源入れる)
客:・・・あぁ(しばらくして顔を出す)暗いですね。
販売員:はい。
客:明るさの順でいうと、どうかな、これ、これ、これですかね。
販売員:そうなりますね。ただ、これとこれでいうと、こちらの方がやや赤みが強いといいますか、、、こっちは少し黄色い感じといいますか、まぁ好みですね。その辺は。
客:はぁ、確かに。言われて見れば。(2つを比べながら)
販売員:こちらももう一度いかがですか?
客:(自ら布団をあげ、頭を突っ込む。)
販売員:いかがです?
客:(コタツに頭を突っ込んだまま)これにします。

暗転

楽しい使い方

たぶんこんな感じで購入されたであろう、お宿に置かれていた「やたらと明るいコタツ」に入りながら僕らは今後の計画を練ってみた

その土地を譲ってもらうには一つの条件があった。

それは楽しい使い方をしてくれること」

どんな風に楽しい使い方ができるだろう。

「僕が」楽しい、ということは、たぶん簡単だ。そこで小屋を建てたり、家具を作っていれば、それだけで楽しいと思う。

でも今回の場合、楽しいっていうのは、「他人も楽しい」と思うような使い方なんだろうな、と思う。

楽しいこと、楽しいこと、、、と考えていたら、やたらと明るいコタツの中でそのまま寝てしまった。

少なくとも暗いよりは明るい方が楽しい気がする。

junota

あたらしい元号が発表された夜に。

■2019/03/31【日記】#09.森へ

■森に行ってみた

「ロビンソー・クルーソーになりたい」とメールを送った翌日、森の所在地を書いたメールが送られてきた。

2月の3連休だったので、さっそく僕らは森へ行ってみることにした。

静岡県沼津から東京まで鈍行で2時間半、東京から長野まで1時間半の道のり、車窓の風景の移り変わりを眺めていれば案外近いものである。

2月の長野は寒かった。

雪のあまり降らない地域と聞いていたけれど、ふわふわと粉雪が舞っている。

皮膚に貼りついた冷たい膜を感じながら、僕はちょうどその一ヶ月程前に訪れた、あるゲストハウスのことを思い出していた。

■2019.01房総

南房総の冬は思っていたよりずっと寒かった。霜がおりた坂道のザクザクとした心地よい感覚を靴の底で感じながら、僕らは集落を見おろせる小高い丘を登っていた。

丘のてっぺんにたどり着き、切り株に腰掛けて風景を眺める。

長く続いた階段で軽く汗ばんだ肌に冬の冷たい風が心地よかった。高い山は殆どなく、ダラダラと山と言うか丘というか、あるいは単に森といった方がよいような微高低の風景が続く。遠くの方にアクアラインの白い骨組みが霞んで見えた。

――初めて来たときに『ここだ!』と思った。あとは貸してもらえるまで粘り強く交渉を続けた。

その日泊まったゲストハウスのオーナーは、その暮らしを自分の手で作り上げてきた人独特のエネルギッシュさでそう語るのだった。

――こんな暮らしは誰にだってできる。問題はやるか、やらないかなんだよ。

まさに、「ここだ、と思えるような場所」それを僕らは探している所だった。

房総の穏やかな風景は美しく、そこでの暮らしもおぼろげながらイメージできた。

けれど同時に頭の片隅で本当にここなんだろうかという思いに気づいている自分がいた。

心の底から「ここだ!」と思える場所に僕はいつか出会えるのだろうか。

果たしてそんな場所は存在するのだろうか。

考えれば考えるほど、そんな場所は存在しないのではないかという気持ちがしてくる。僕の思い描いている「ここだと言う場所」は今まで訪れた場所の良い所を貼り合わせなのかもしれない。

もしかすると、ここではないどこかに憧れているだけで、本当はどこでも良いのかもしれない。

■ここだ!と思える場所、、、なのか?

その日は森の近くに見つけた鄙びた宿に泊まった。

朝起きて、歩いて森へ向う。
ずっと続く坂道をくだって森に到着する。
夜の間に降った雪が地面を白く覆っている。

シカの足跡がある。

フラフラと道路を歩き山の中に消えている。

水の流れる音がする。

ここなのかもしれない。

2019/03/31 junota

■2019/03/29【日記】#08.「え、土地をタダでもらえる!?」

「やりたいこと」って何?

「なんとかなる」そうミカは言ってくれたけれど、どうしようか・・・・これから。

 

どこかの会社に入りなおすということは考えなかった。きっとそうするくらいなら退職なんてしてない。自分で何かをやろう。自分が本当にやりたいと思えることを・・・・。

 

で、その「やりたいこと」って何?

 

・・・・・なんだろう笑

 

いやいや、笑い事ではない

 

考えて、考えて、出てきた答えが「森に住む」だった。

 

森に住みながら、自分の生活を見直し、自分の作りたいものとは何か考え直したい。正直に言うと、作りたいものが何かなんかわからない。

 

ただ、ただ自由にものを作れる場所が欲しいと思った。

僕はこれまでずっと、作りたいけど作れない(金銭的、時間的、騒音等の理由で)というもどかしさを感じ続けていたから。

 

「森に住む」ということは、正真正銘ぼくのやりたいと思えることだったけれど、それで食べていけるだろうか。その時は見当もつかなかったし、今でもまだ目途はたっていない。

 

けれど、それでもいいなぁ・・・・なんて思ってた。

やりたくないことばっかりやって生きるよりも、ずっと。

 

いざとなればコンビニのバイトだってなんだってやって最低限生きていけるだろうさ。なんて思ってる。

「長野の林、あげます。」

とりあえず、僕はそんな風に方向を決めて土地を探し始めた。

とりあえず、僕は「森 あげます」でググってみた。

出てきたのが、伊豆の土地について書いたある人のブログ。近いから引っ越しが楽だなぁなんて思ったけど、その土地をグーグルアースで見てみたら、なんとなくぴんと来なかったのでスルー。

 

次に目に入ったのが「長野の林、あげます。」という記事。

どうやらどうやらその土地の所有者は長野の土地を誰かに譲りたいらしい。

 

・・・それもタダで!

 

僕はすぐに問い合わせのメールを送る。

「タダ」という言葉に弱い性分なんだよなぁ・・・笑

 

「ロビンソンクルーソーになりたいんです!」

 

その日は2019年1月28日。

会社をやめようと決めた建方の日から、三日後の夜である。

 

2019/03/28

色んな手続きに翻弄されつつ長野にて

junota