これからの時代に「手でものをつくる」ということの意味とは?

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機械は人間を超えるのか?

この本を読みながら、これからの時代に「人間が手を動かして作る」ということの意味を考えました。

(なんか、落合さんの影響で上から目線の文章ですが許してください、、、いや、これは落合さんに失礼か笑)

たぶんそのうち、木のクセを読むこととか、墨つけや刻みの精度、研ぎとか台の調整とか、いわゆる「職人の技」と考えられているような部分で機械と人間が勝負した時、人間には万にひとつも勝ち目のないような時代になる。

現状では人間の方が上手に物を作れますが、たぶんそのうちひっくり返る。それも、そう遠くない未来に。

機械が人間よりも早く綺麗に安く、より多様で、より味わい深いものを作ってくれる時代、その時、人間というのは役に立たない存在となり、僕らが磨いてきた技術というのは無意味なものになってしまいます。

機械が必要なものをつくって、人間はそこに関与しない時代。そういう時代をみなさんはどう思いますか?

人間不要のものづくり時代とどう向き合うか

僕はそれでいいと思っています。

というか、日本の人口動態を考えたら、世界に先んじて機械化を進めていくべきだと思います。

こう言い切ってしまうと、寂しいような気がしますが、これからの時代にものづくりに関わろうとする人は受け入れる必要のある未来だと思います。

少なくとも、「機械に木のクセは読めない」とか、「手で仕上げた方が綺麗だ」と信じて疑わないのは少し危険かもしれないな、くらいには身構えておく必要があると思います。

そして、そういう時代になったときに自分がどういう風に身を振るのか考えておいた方がいい。

機械と競うべく技術を磨き続けるのも当然ありだと思うし、磨いた技術を機械に教えて「ものづくりに人間がいらない時代」を作るのに貢献するのもありだと思う。

じゃあ僕はどうしよう?

さて、偉そうなことをグダグダと書いてきたけど、ここいらで「じゃあ、お前はどうするんだよ」という声が聞こえてきましたね、、、、笑

僕は「手でものを作ることを広める」というスタンスでいこうかなと思います。なんかこれまでの話と矛盾するような話ですが笑

ものづくりにおいて、人間が役に立たない存在になったとしても、人間は自分の手でものを作るのを止めないだろう、というのが僕の予測です。

なぜなら、手でものをつくることは「楽しいこと」だから。単純に作るという行為自体が楽しいことだからです。

それは人間の普遍的な欲求のひとつなんじゃないかなと僕は信じていたりします。

どんなものを作れるか、その美しさとか、精度とか、強度といったもの、一言でいうなら性能を機械と競ったら、人間はたぶん勝てない。僕はそういう風に思っています。

でも、ものをつくること自体は楽しいことだ。たぶん、こういう話に近い状況はすでに起きていて、それは最近のDIYのムーブメントだと思う

アマゾンで買っちゃえば安くて品質のよいものはいくらでもあるのにみんな手間暇かけて作ってる。

たぶん人間不要のものづくり時代でも同じようなことが起こると僕は考えています。

しかし、そのときの「手でつくる」ということの意味合いは確実に変わっている。機械が作ったものと比べたら、人間は圧倒的にできの悪いものをつくることになる。一流の職人が作るものでさえも機械の作るものと比べたらへたっぴ、という状態になる。

でも、そんなのはどうでもいい話で、下手だろうがなんだろうがどうでもよくて、大切なのは作るということの「楽しみ」や「喜び」を作り手が享受してるかということだ。

つまり、これからのものづくりというのは、製造することに重きを置いてちゃいけないのではないか、というのが僕の言いたいことだ。

そうじゃなくて、作ることをいかに楽しむか、その楽しみをいかに伝えていくのかということがポイントになってくるんじゃないかな。

と、いうことで2020年もいろいろと自分の手作っていこうと思います。そして、自分で作ることの楽しさを表現することにも力を注ぎたいなとおもいます。

見てくれた方に「私も作ってみたいな」と少しでも思ってもらえるようなことができたらいいなぁ、、、。

最後まで読んでくださってありかとうございました。

2020/01/06
Junota

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