2019/10/11[日記]マルシェに参加してみた④~ナリワイということ

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さて、今日もブログ更新します。

今回のマルシェは僕にとっての「ナリワイ原体験」といってもいいようなものだったと思う。

この「ナリワイ」という言葉、ナリワイ遊撃農家の伊藤洋志さんという方が言ってる働き方であり生き方なわけなんですが、それをテーマに今日は何かを書こうかな、なんて思ったわけなのですが、、、、、

書き始めてみて、というか下調べをしていて、

えらい泥沼に足を突っ込んだのではないか?

という気がしてきた。

まぁ、めげずに書き進めます。

改めてナリワイとはなにか、彼はこんな風に説明している。「個人で元手が少なく多少の訓練ではじめられて、やればやるほど健康になり技が身につき、仲間が増える仕事」。

これだけだとなんのことやら分からないと思いますが、色んな記事を読んで、本も読み直した結果、僕なりに、言い換えてみると次のようになりそうです。間違ってるかもしれないです、、、

生活の自給率を高めていくと、必ず余剰分が出てくる、その余剰分を売ってお金を得るプロセスが「ナリワイ」だ。

例えば米を作る人を例に考えるなら、

米を作る→自分で食べる→余った分を人に売りお金を得る→肉を買う、野菜を買う。

ということになるわけだ。この余った分を人に売りお金を得るという部分がナリワイであって、矢印で繋がった一連の事柄がナリワイ型の暮らし、ということになる。

ここで思うのは、仮に米が余らなかったら(全部食べてしまったら)余剰分なんて無いではないか、ということだけど、

この場合の「余剰分」には知識やスキル、体験といった無形のものが含まれる

さっきの米を作る人なら、米それ自体だけでなく、米づくりの知識、田植えや稲刈りといった体験は人におすそわけできる余剰分だということになる。だから米作り教室を開いたり、体験会をやったりしてそれらの余剰分を人に売ることが、ナリワイにあたる。

自給率を高めているから、収益性が乏しくても暮らしは成り立っていくーーーもっと知恵を働かせれば、自分にとって「余ってるもの」は暮らしの中にいくらだってあるかもしれない・・・。

なんか、うまく説明できた気がしないけど大丈夫かな?笑

そして、そんなにうまくいくもんかね、という感じがすごくする。けど、ナリワイというのはたぶんそんなような事を指してるんだろう。

そういう風に「ナリワイ」という言葉を理解すると、それは漢字で書く「生業」とははっきり違うものだということがわかる。

つまり、ナリワイは自分の生活ありきで、余ったものを人に売ることであって、生業はじめから売ることを目的に商品・サービスを生み出して、それをお金と交換して、その金で暮らしていくことだ。

思いのほか記事が長くなってる・・・。

サクッとブログ更新して寝るつもりだったのに・・・

なんか、このところ、「ナリワイ」という言葉にふれる機会が多いのに、その正体が分からない感じというか、

生業と漢字で書いた場合と何が違うのか、スモールビジネスとか副業と何が違うのか、みたいな事をいろいろとモヤモヤしていたのでこの記事を書くことを通して、なんかスッキリした気がする。

と、ここまで書いて、僕はマルシェでのスプーン販売を「ナリワイ原体験」と書いたけど、それは正しかったのだろうか?

僕は始めから売るために作ってたから、もしかしたらあれは「生業原体験」だったのかもしれない。

よくわからないけど、1つ確かな予感としてあるのは、「ナリワイ」という言葉とはこれから長い付き合いになりそうだ、ということだ。

2019/10/11
Junota

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