■2019/04/10【日記】#13.ミニマリストはむつかしい〜住み込み農家で住所不定を回避した話

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2月の末、無事(?)に退職届を提出した僕は、3月末の退職に向けて着々と準備を進めていたのだけれど、ある懸念事項があった。

それは、まだ正式にGOサインが出ていない、ということだった。

森に住みたいという話をして、面白いですね。応援しますと言われた。まだそういう段階。
所有者の方とは話もしてない。どんな反応なのかもHさんから伝え聞いただけだった。

そんな段階であるにも関わらず、「とりあえず」会社を辞めるということだけは決まってしまった。

考えていても仕方がないので、「とりあえず今できることを」と引っ越しの準備をすることにしたのだった。

ということで、部屋にあふれるもの達をみんな捨ててしまって、ミニマリストになってやろうという意気込みのもと、整理を始めた・・・のだが、なかなかうまく行かない。

大量にあった建築関係の本はメルカリに出品して、それなりに売れていった。なまじ売れてしまったばっかりに、買い手のつかない本も、値段を下げるなり、組み合わせ方の工夫によってはそれなりのお金に変わるのだと思うと惜しくなって捨てられなかった。生活が落ち着いたら出品しようなんてことを思って、とりあえずダンボールに詰め込んだのだった。他にもそれまで全然使わずに放っておかれていたような物たちもいざ捨てるとなると、森へ行ったら役立つかもしれない、なんていう気持ちになって「とりあえず」ダンボールに詰込むことになるのだった。

思えば、ロビンソン・クルーソーも船から色んなものを運び出したではないか、だから、僕が色んなものを森へ持っていくのは正しい!と理屈をこねたが、要するに優柔不断なのである。

だけど冷蔵庫は捨てた。どうせ森に行ったら電気なんてないのである。ただの箱を長野までわざわざ運ぶのもバカバカしいので4000円ほどかかったけれど、自分でトラックに積んで回収所へ持って行った。

服も1/3くらいは捨てたのだけれど、今思うともっと捨てて良かった。3セットもあれば十分だと思う。スーツも一応持ってきたけど、着ることなんてあるんだろうか・・・。

そんな感じでものをまとめる。

片付けが一段落つくに至ってふと、僕はどこへ引っ越すんだろうかということが頭によぎる。

本当に土地を譲ってもらえるのだろうか?

10日後には部屋を出なきゃならない。
もしも土地がもらえなかったら、、、、もしかして、住所不定・・・?

有給消化に入る3日ほど前、屋根に通気層を作る「通気くん」と呼ばれていた作業中のこと、電話が鳴る。

Hさんだった。
そこでとりあえずGOサインが出たことを知る。
これで安心して森に引っ越せるなぁ、なんて思っていた。今の部屋を引き払ったら、トラックに荷物を積んで森に直行しよう。しばらくはトラ箱で寝泊まりして、住民票も森に移しちゃおう。

そしたら、ホームセンターで材料を買ってきて、小屋を作って、そこで椅子とか机とか作って、楽器とかも作って、空いてるスペースで家庭菜園をやろう。料理するのにかまどがいるなぁ、ピザ焼いたりとかもしたいな。パン作りでも学ぼうか、お風呂はどうしよう、五右衛門風呂かな、、、なんていう風にウキウキした僕は妄想をふくらませる。

けれど事態はそんな脳天気なことを考えているような状態ではなかった。その時の僕は、まだ「新たな問題」について知らなかったのだった。

電話口で登記についてとか、農地転用許可についてとか、色んな話をされたのだけれど、なんだかチンプンカンプンだった。これじゃイカンということで、慌てて調べたのだけれど、よく分からない。

調べてみて分かったのが1点。
森に住所を置けない!
ということだった。

どうも住民票の住所を置けるのは宅地だけらしい。というのが僕がちょっと調べてたどり着いた結論だった。本当はどうかは分からないけれど。

僕が譲り受けようとしていた土地は、山林と農地とが半分ずつの土地だった。宅地でないので、住所は置けない、、、。

これは困った。
今の部屋を出るのが3/20。その日を境に僕は住所不定になってしまう、、、。
そして3/31を過ぎたら僕は正真正銘の「住所不定無職」だ。なんとも悲しい響きである。

そもそも土地のやり取りをするのに住所がなければ手続きを進められないではないか。これはどうしたものか、、、と思案した挙げ句、たどり着いた答えが「住み込みの農家で働く」というものだった。

森からほど近い場所にある農家が住み込みのアルバイトを募集していた。森に移り住んでからの現金収入を得る手段として、前々から目をつけていた農家である。

さっそくネット上の応募フォームからメッセージを送ると、すぐに携帯に電話がかかってきた。週に2、3日で、と希望を伝えると。8月まで週に2、3日で続けること、5月の初めまでに近くに部屋を見つけること、というのを条件にその農家で働かせてもらえることになった。トントン拍子に話が進む。

こんな感じで住所不定無職を回避したのだった。昨日の僕は4月から住み込みで農家の手伝いをすることを知らない。タイムマシンに乗って教えてあげたらどんな反応をするだろうかと思う。

とりあえず首の皮一枚繋がったと僕はホッとしていた訳だけれど、この時の僕はまだまだ問題が山積みだという事を知る由もなかったのだった、、、(つづく)

20190410 四月の大雪の晩

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