■2019/03/31【日記】#09.森へ

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■森に行ってみた

「ロビンソー・クルーソーになりたい」とメールを送った翌日、森の所在地を書いたメールが送られてきた。

2月の3連休だったので、さっそく僕らは森へ行ってみることにした。

静岡県沼津から東京まで鈍行で2時間半、東京から長野まで1時間半の道のり、車窓の風景の移り変わりを眺めていれば案外近いものである。

2月の長野は寒かった。

雪のあまり降らない地域と聞いていたけれど、ふわふわと粉雪が舞っている。

皮膚に貼りついた冷たい膜を感じながら、僕はちょうどその一ヶ月程前に訪れた、あるゲストハウスのことを思い出していた。

■2019.01房総

南房総の冬は思っていたよりずっと寒かった。霜がおりた坂道のザクザクとした心地よい感覚を靴の底で感じながら、僕らは集落を見おろせる小高い丘を登っていた。

丘のてっぺんにたどり着き、切り株に腰掛けて風景を眺める。

長く続いた階段で軽く汗ばんだ肌に冬の冷たい風が心地よかった。高い山は殆どなく、ダラダラと山と言うか丘というか、あるいは単に森といった方がよいような微高低の風景が続く。遠くの方にアクアラインの白い骨組みが霞んで見えた。

――初めて来たときに『ここだ!』と思った。あとは貸してもらえるまで粘り強く交渉を続けた。

その日泊まったゲストハウスのオーナーは、その暮らしを自分の手で作り上げてきた人独特のエネルギッシュさでそう語るのだった。

――こんな暮らしは誰にだってできる。問題はやるか、やらないかなんだよ。

まさに、「ここだ、と思えるような場所」それを僕らは探している所だった。

房総の穏やかな風景は美しく、そこでの暮らしもおぼろげながらイメージできた。

けれど同時に頭の片隅で本当にここなんだろうかという思いに気づいている自分がいた。

心の底から「ここだ!」と思える場所に僕はいつか出会えるのだろうか。

果たしてそんな場所は存在するのだろうか。

考えれば考えるほど、そんな場所は存在しないのではないかという気持ちがしてくる。僕の思い描いている「ここだと言う場所」は今まで訪れた場所の良い所を貼り合わせなのかもしれない。

もしかすると、ここではないどこかに憧れているだけで、本当はどこでも良いのかもしれない。

■ここだ!と思える場所、、、なのか?

その日は森の近くに見つけた鄙びた宿に泊まった。

朝起きて、歩いて森へ向う。
ずっと続く坂道をくだって森に到着する。
夜の間に降った雪が地面を白く覆っている。

シカの足跡がある。

フラフラと道路を歩き山の中に消えている。

水の流れる音がする。

ここなのかもしれない。

2019/03/31 junota

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